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大阪の広告代理店を退職

私は楽しかった大阪の広告代理店を辞め、田舎に帰ることにしました。

大阪での送別会は、人を替え店を替え、毎日毎晩続きました。
みな、私の帰郷を寂しがってくれて、盛大に送別会を開いてくれました。
おかげで、帰る期日を半月ほど延ばして、送別会のために時間を作ったくらいです。

引っ越しの手伝いは可愛い後輩達が総出でやってくれました。
レンタカーを借りてきて、私の田舎まで5人の後輩が付いてきてくれ、最後の最後まで引っ越しを手伝ってくれたのです。

これには感激しました。そこまで私のことを思っていてくれたのだなあと。
田舎では彼らをできるだけ歓待しました。
田舎の山海珍味を味わわせ、お土産もたくさん持たせてやりました。
嬉しかったですね。私なんぞのために、会社を休んでまで引っ越しをしっかり手伝ってくれたのですから。

親しかった後輩達とも別れ、私の田舎生活が始まりました。

まずは職を探さねばなりません。
毎日のようにハローワークに通うのですが、そこは田舎のことです。
肉体労働と、保険の外交、自動車ディーラーの営業マン、運転手、くらいしか仕事を選ぶことができません。

いずれも、私の能力では追いつかない職ばかりです。

肉体労働をするほどもう体力は無い、保険の外交ができるほどガッツは無い、自動車のことは全然知識が無い、車の運転は下手くそで超苦手。。

もちろん、自分の前職である広告代理店の仕事なんてあろうはずもありません。
町を出て、車で一時間くらいかけて通えば、一応「広告代理店」の看板を掲げた会社もありましたが、なまじ都会の広告代理店の仕事を知っているだけに、田舎の広告会社に勤める気は到底起きませんでした。

私の田舎の広告会社は、「広告代理店」とは名ばかりで、新聞の折り込みチラシや野立て看板ばかりを作っているような会社だったからです。

その会社からもスカウトが何度も電話をかけてきました。都会のある程度名の通った広告代理店出身の若者が帰ってきた、ということでスカウトしてきたのだと思います。

しかし「これは辛いだろうな。。」私はそこへ行く勇気はありませんでした。

どうせなら、全く違った業種に行った方がせいせいするや、当時の私の心境はそんな感じでした。

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管理人のIT会社時代

そんな折です。親戚の叔父から電話がありました。 「田舎にソフトウェア開発会社があるぞ。そこが企画マンを募集してるぞ。それで、お前に白羽の矢が立ってるんだ。どうだ?受けるか?」 と。
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