WEBデザイナーが転職して年収をアップさせる5つのポイント・求人〜転職歴4回の現役ウェブデザイナーが管理人です〜

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管理人のプロフィール

管理人の私三村は、1996年創業(古いですねぇ)のアラフォー現役WEBデザイナーです。

京都市の大学卒業後、大阪は堂島にある広告代理店〜ITベンチャー会社〜零細広告会社〜フリーランスのWEBデザイナー〜会社経営を渡り歩いて現在に至ります。

転職は、都合四回やってますね。サラリーマン時代は、しんどいことばかりでしたが、広告代理店時代は結構楽しかったです。何より若かったし。華麗かつ狂喜のバブル時代を、大阪はキタで過ごしました。


そして親の面倒を見るために、楽しかった広告代理店を退職し、中国地方のど田舎に帰郷。そして 新進気鋭のITベンチャー企業に就職。しかしこれが惨劇の始まり。ここが実はブラック企業とようやく気づき、二年で退職。


ですが、世の中わかりません。このブラック企業で培った経験が今の自分を作り上げているのは事実です。
Macが扱えるようになったのもこの会社のおかげ。それまでパソコンと言えばキャノワードしか使えなかった自分にとっては、大飛躍です(厳密に言えば、キャノワードはパソコンでは無い)。
WEB制作を覚えたのも、この会社があってのことです。
担当者がいなかったために、仕事に追われる形でWEB制作を始めました。
オン・ザ・ジョブトレーニングも甚だしいです。


仕事を覚えながらの気がつけば納品ですからね、今考えたらすごい乱暴です。
1996年でしたから、WEB制作のオーサリングツールも無い時代。テキストエディタを使って、手打ちでホームページ制作を覚えました。


当時は、WEB制作技術を持った人自体居なかったですから、流れで相当大きなクライアントの仕事もしましたよ。中国地方のど田舎にいながら。某三大カメラメーカーのうちのとあるメーカーのサイトだとか、ぽんと飛び込んできて驚いたり。県庁の一番最初のサイトを作ったりもしました。こういう仕事って、今じゃ取れそうでなかなか取れませんよ(なぜか大いばりっ)。


この会社、社員の仲間意識も強く、人間関係は楽しかったです。しかし、所詮ブラック企業はブラック企業。
毎日毎日ぼろぞうきんのようにこき使われ、反吐を吐くようなヒサンな思いをして遂には辞職。二回目の転職です。


1997年、次の会社は零細広告会社。仕事自体は好きなことなので楽しかったのですが、ここも会社としてはあまり良い会社ではありませんでした。同族経営丸出しの傲慢経営で、ここでも社員は良くない労働環境の中、安い賃金でこき使われました。仕事はほぼ内勤なのに、「営業部」ということで営業手当を出され、残業代はオールカット。多すぎるサービス残業の中、心身共に疲れながら仕事をこなしていました。この会社にあまり良い思い出はありません。

この会社、ブラックとは言えませんでしたが、限りなくグレーな会社でしたね。


そして、心の中にわき出た「独立」の思い止みがたく、この会社も二年ほどで辞職。
1999年、晴れて、フリーランスとして独立。


フリーランスは、文字通り「フリー」で良いんだけど、やること多くて大変でしたね。
営業マン兼ディレクター兼プランナー兼デザイナー兼フラッシュ兼イラストレーター兼ライター兼カメラマン兼コーダー兼なんちゃってプログラマー兼運転手、という毎日。


ブラック時代の昔の同僚が、転職先の仕事バンバン紹介してくれて、昔のクライアントさんからも仕事たくさんもらって、周囲のみなさんに支えられながら順風満帆の船出でした。昔一緒に苦労した仲間って、本当にありがたいものですね。


自分が好きで選んだフリーランスの道だから、仕事自体はやり甲斐まんまんです。時たまぼんやり、時たま馬車馬のように働く、の繰り返しでした。この馬車馬状態の時がハンパなかったです。徹夜、二徹は当たり前、仕事しながら嘔吐(どばー)、コーヒーとリポDとペプシをがぶ飲みしながら目を覚まし、漫画家の仕事もかくてありなん?という生活を送ってました。

この時がんばれたのも、例のブラック企業でヒサンな労働を耐えきった経験がモノを言いましたね。
人間、若い時の苦労はしておくものです。はい。


とはいえ、本当はブラック企業とは関係を持ちたくないもんですね。実際心からそう思います。


フリーランスというのは、忙しいときはひどく忙しいです。
しかし暇な時はめちゃくちゃ暇で、一週間何もせずぼけ〜っと過ごすとか、新しいソフトの練習だけのんきにやってるとか、そんな感じでした。


受けられる仕事は、WEB以外でもなんでもやりましたよ。ポスター印刷、フライヤー印刷、アドビの講師、マイクロソフトの講師、CD媒体制作〜パッケージでの納品、屋外看板のデザイン、ロゴデザイン、イラスト描き、小さいことまでコツコツと、なんでもかんでも。
これは、大阪の広告会社時代の経験が生きましたね。人間、いろいろやっとくもんですねえ。


フリーランス自体は、病気やケガさえしなければ、いつまでも続けられたんだろうけど、40歳過ぎてさすがに将来の不安を感じて、会社設立することに決めました。


なけなしの資本金を手に株式会社設立したのが2006年4月のこと。うららかな気持ちの良い春の日でした。
それからは、時の経つのはあっという間。気がつけば50歳手前にさしかかりつつ、現役のWEBデザイナーとしてどっこい生きてます。


こうして振り返ってみると、私、転職する毎に確実にキャリアアップしてます。
WEBデザイナーという仕事、考えながらうまく転職すれば、キャリアアップできる業種です。

ブラック企業にいるあなた、ちょいブラックな企業にいるあなた、グレーな企業にいるあなた、
転職は決してわるい事ではありませんよ。

転職することで、あなたの心と体が救われるかもしれません。私のようなヒサンな経験をする前に、、。
自分のことです。よーく考えてみてくださいね。

それで、何が言いたいかというと、ブラックな企業やグレーな企業で働くウェブデザイナーに救いの手をさしのべたい、そんな思いでこのサイトを立ち上げました。

運悪くブラックな企業と関わりを持ってしまったデザイナーのみなさん、人生は一度きりです。
自分の大切な時間、大切な心と体を「御身大事に」生きていきましょう。

顔
名前 三村
(Twitterで暗躍している三村bot「ツッコ三村」とは何の関係もありません。ちょっとつぶやくと、しつこくつっこんできます。誰かなんとかしてください。)
生まれ 1965年
仕事 ウェブ制作(営業、提案からアップロード、基本的なSEO、メンテナンスまで全部こなしますよ。)
資格 ワープロ検定、日商簿記三級、柔道二段
(新卒時代、履歴書の「資格」欄にマジで「柔道二段」と書いて、面接官に笑われたことがあります。)
ちなみに、WEBに関する資格は何にも持ってません。
好きな漫画 1・2の三四郎 鋼の錬金術師 銀魂
好きな役者 小林薫 竹中直人
昔の夢 舞台俳優になりたかった。
今の夢 体力があれば、漁師になりたい。海で仕事したい。体力があればなあ。
趣味 釣り プロ野球観戦
経歴 上記に主な経歴を書いておきます。
得意技 Illustratorでのお絵描き。
特にトレースによるリアルイラストレーションは大得意です。しかし、今では肩こりと腱鞘炎で、できなくなりました;
得意なパソコン Mac キャノワード


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